ホール・美術館 写真ギャラリー


解体工事が始まる前の万国博ホールと万国博美術館の様子です。すべて2003年から2004年にかけて撮影したものです。

お祭広場から。左がホール、右が美術館です。左端の骨組みは「大屋根」の一部。モニュメントとして残されています。
日本庭園側から。左手前に「平和のバラ園」があります。どちらも閉館後のため、建物に向かう人はいません。
夢の池から。左右交互の屋根が印象的です。右側にある平屋のコンクリートの建物は、旧「三越食堂」の建物で、これも撤去されます。
万国博ホールをお祭広場側から。万博当時、壁面の金の「EXPO HALL」の文字や模様の部分はガラス張りで、舞台を裏側から見ることができるという珍しいホールでした。
日本庭園側から。左側の手前が高くなっているたてものは国立国際美術館です。右には太陽の塔が見えています。手前の「平和のバラ園」は、万博当時からのものです。
建物北側の入口。正面のロビーは周りとは1階分高くなっており、2階部分になります。そのため、手前のバラ園は階段状になっています。舞台は奥側で、1階の高さにあります。
日本庭園側から。全面ガラス張りの建物が特徴的です。入口は右側のガラス面にあります。ガラス内に斜めに見えているのはエスカレーターです。
正面(北側)を近くから。右側に万国博ホールがあります。ガラス面にはライトが取り付けられており、万博当時は夜間ライトアップがされていました。
お祭広場側から。フェンスの手前が自然文化園の中、奥が外側です。万博当時はフェンスはなく、手前には池がありました。屋根はガラス張りになっています。
万国博美術館(国立国際美術館)東側の三越食堂の建物(2004年)
国立国際美術館の東側の「三越食堂」です。万博閉幕後は利用されていません。茶色い部分がガラスが破損した部分をベニヤ板でふさいだものです。
西側から。右側に自然文化園の万国博ホール前ゲートがあります。正面手前の2階部分は、お祭広場から日本庭園のほうに続く歩行者通路の跡です。
祭広場側から見た万国博ホールと横の通路跡。左の写真は、この奥の部分になります。「万国博ホール EXPO HALL」の文字は、万博当時からのものと思われます。
東側から。後方に大阪府立国際児童文学館があります。左手前には、美術館からつながる庭のような部分がありますが、外からは入ることができません。
万国博ホールの前から見た美術館とホール。どちらの建物も、左奥に見えるのは大阪日本民芸館です。これも、万博当時からの建物ですが、民芸館の解体予定はありません。
お祭広場側、美術館の前から見た万国博ホール。左手前にあるのは、「月の世界」という噴水。現在は周囲が埋め立てられ、オブジェとして残されています。

主な写真の撮影場所


追加写真

2004年のコンテンツ公開時は掲載しなかった写真を追加でご紹介します。

万国博ホールの内部の様子。
万国博ホールのエントランス。特徴的なデザインの受付がありました。
万国博ホールの内部の様子。
万国博ホール建設の協力者を示す案内版。
美術館とホールの前。バラ園です。奥は国立民族学博物館です。
国立国際美術館のエントランス。
国立国際美術館と万国博ホールの下にある通路にあった案内板です。
万国博美術館(国立国際美術館)の屋外空間。屋上空間などは立ち入れない状態になっていました。
国立国際美術館の下の通路。立体的で、各層が異なる構造をしていました。
国立国際美術館(万国博美術館)の下の通路。
国立国際美術館の外観。大阪万博後の美術館の名称が記載されていました。
国立国際美術館(万国博美術館)のガラス屋根。屋内に光を取り入れることができました。

国立国際美術館 移転前最終日

万国博美術館を引き継いだ「国立国際美術館」は、現在大阪市・中之島にあります。移転前の最終日は2004年1月18日でした。その最終日に収めた写真をご紹介します。