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1970年の日本万国博覧会(大阪万博)の際、政府出展施設として日本の造園技術を結集して造られた庭園です。日本最大級の26万平方メートルの敷地には、西から東に流れるせせらぎに沿って4つに分けられ、それぞれ上代、中世、近世、現代の造園様式が取り入れられています。庭園の設計は、大阪万博のテーマである「人類の進歩と調和」にあわせ、水の流れに人類の進歩と時の流れを象徴させ、全体として調和のとれた一つの作品を作ることも意図しています。
敷地の1番西側に位置する上代庭園地区は、中央に迎賓館があります。万博当時からの本館は寝殿造りの上代様式が取り入れられ、周囲には、常緑針葉樹が植えられ、深山の景観を造成しています。現在は日本庭園と迎賓館の敷地が分離され、日本庭園側から迎賓館の様子は見えません。となりの中世庭園地区との境に泉がわき、地区の水源となっています。
中世庭園地区では、上代の泉から流れる水が南北の谷間を東に向かっており、谷に挟まれた小山はクロマツの疎林で一面ツツジに覆われています。中腹には、茶室
汎庵、万里庵などがあり、周囲は茶室様式を取り入れた中世風の庭になっています。2つの流れはこの地区の東端で合流して広い砂浜を造り、日本独特の石庭の起源を思わせる景観を呈しています。
日本庭園の正面に位置する近世庭園地区は、日本庭園の成熟期である江戸時代初期の池泉廻遊式の大庭園を模したものです。中世地区から続く水の流れは、中央の「心字池」(1万1千平方メートル)に注がれています。池の北側は小高い芝山で、庭園を雄大で奥行きあるものにしています。
敷地の東の端に位置する現代庭園地区は、未来を象徴する明るく立体的なデザインの庭園が構成されています。西側から、コイ池、はす池、花しょうぶ田と連なっています。池の北側の傾斜地には段々畑をかたどった花壇があり、四季折々の草花が咲く開放的な日本庭園となっています。
(当ページの説明文は、日本庭園内に設置された案内板を参考にして作成しました。)
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